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幼少期から中学生1年生までの人生ストーリー

 
 
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カメラマン つぅ
都築加奈恵(つづき かなえ)1983年大阪府生まれ。 カメラマン 元実業団のソフトボール選手。 主婦、OL、女性起業家、、など 「全ての女性をシンデレラストーリーに導くカメラマン」として、 プロフィール写真やヌード撮影、七五三撮影・セミナー・イベント撮影などポートレート中心の撮影を行う。
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どうも。体育会系癒しカメラ@つぅです。

 

今回は、私の幼少期から、中学生ぐらいまでの人生を書いていきます。笑

 

結構、聞かれることが多いんですよ!

 

「子供の頃どんな感じだったんですか〜〜??」とか「どんな親に育てられたの?」とか。

 

なので、これを読めば、つぅの幼少期がだいぶつかめますので、ぜひ楽しんで読んでみてください。

 

幼少期の記憶・・・

 

私は、昔からまったりする時間もなく、忙しく動き回るのが当たり前の人生を歩んでいました。

 

とにかく、毎日忙しい。

 

よくわからない劇団を見に連れて行かされてた。

 

鉄棒とかマット運動の教室に通っていて、水泳もやってました。

 

水泳スクールに通ってたけど、プールの水が合わないとかの理由で、肺炎になり、入院して辞める。

 

この時、初めて、「入院ですね」って先生に言われて死ぬのかと怖くて、大泣きしました。

 

でも、プールは大嫌いだったので、やめる理由ができて良かったです。笑

 

 

小学校の3年生から少年野球を始める。

 

それから、毎週日曜日は練習。平日も毎日のように壁当てなどの個人練。

 

水曜日が習字。木曜日がピアノ。ピアノは本当に先生がスパルタで、めっちゃ怖かったです。

 

全然練習して来なかった私が悪いんだけど・・・

 

この先生の子供も私と同い歳で、今や、あの秋元康先生と一緒に、曲提供をしているツワモノです。

 

やっぱり、小さい頃から、何かに取り組むってすごい結果を生み出すもんですね。

 

こんな毎日を4年続けました。

野球づけの毎日

 

小学生の時は、とにかく野球が面白くて、毎日帰ってきたら、壁当てとか友達と野球の練習です。

 

日曜日だけじゃ物足りないから、近くに甲子園経験者のお父さんがいて、そのお父さんに平日の夜、練習を見てもらってました。

 

日曜日も練習は9時ぐらいから始まるんですが、試合前になると、自分たちで、朝5時とかに集まって、自主練です。笑

 

今考えたら、お母さん大変ですねwwwそれでも、毎回弁当持たせてくれてたからすごい!!

 

この時は、本当に純粋に野球が、めっちゃ楽しかったなぁ~~。

毎晩のランニング&壁当て

 

6年生の時は、毎晩近くの中学校の外周を5周走ってました。

 

野球仲間と二人で走って、親は車の中で話して待ってるって感じ。

 

私は親が見ていないことをいいことに、学校の正門から入って、裏門に抜けると、近道になるのでよくズルしてました。

 

一緒にいた友達(たかちゃん)は真面目に、外周を走ってましたけどね。笑

 

雨の日は、みんなでバッティングセンターです。

 

今思うとかなりスパルタですね。当時はなんも思ってなかったですが。

 

ちなみに私は、少年野球でエースで3番でした。(b゚v`*)

 

おかげで、少年野球では、大阪府の大会3位という成績を残すことが出来ました。

 

マラソン大会は6年間ずっと1位

 

私は、小学校のマラソン大会6年間ずっと1位。ちなみに2位の子もずっと2位でした。

 

短距離も長距離も、常に1番。

 

ドッチボールも男子より強い!!笑

 

6年生の時に行われる連合運動会では、ソフトボール投げで56mという記録を出し、今だ(2018年現在)に抜かれていません。



他にも、足が速くて有名でした。

 

でも、私が進む中学は、陸上部がなく、隣り町の中学校が陸上部が有名で、「そこに入るか?」っていう話があったぐらいです。

 

実際に、その先生の家で話を聞いたり、違う中学校のグランドで練習したりもしました。笑

 

でも、なんか話がうまくいかず、普通に近くの中学に進みました。

 

中学の担任の先生に「ソフト部に入れ!」と言われる

 

実は、私は、中学に行ったら、自分が野球をやっていたことは隠しておこうと思っていたのです。

 

それはなぜかというと、入学式の時から、他の小学校から来た男子に、「あれが玉島のピッチャーやで」とか言われて、見せ物みたいな感じで嫌だったんですよね。

 

それに、男子より早いボール投げるって、当時は、嫌でした。

 

初めて、クラスでドッチボールをした時に、バレたくないから左で投げました。

 

右で本気で投げたら、誰もとれないし、ビビられるという理由からです。

 

そんな風に隠しておこうと思っていたのですが、なぜか、担任の先生の耳には、野球をやっていたことがすでに知られていて「お前ソフトボール部入れ」と言われました。

 

私は、野球は好きでしたが、ソフトボールは似てるけど、なんかやりたくなったんですよね。ボールでかいし、距離短いし、女子がやるスポーツなんて面白くないって感じです←生意気ですね。

 

先生の熱意と共に、全国制覇を目指す!

 

しかし、半ば強制的に、「ソフト部」に入部し、先生の元で全国制覇を目指すことになりました。

 

初めて、ソフトボールを握った時は、「こんなおっきいボールどうやって投げるんやろう??」でした。

 

それぐらい、野球のボールからソフトボールに変わると変化を感じました。

 

あとは、塁間の短さ!野球に比べると本当に短いです。逆に、ソフトから野球になると広すぎてびっくりするんですけどね。笑

 

で、練習を開始したわけですが、うちの担任の先生は、本気で全国制覇を狙うため、1年生と、2.3年生の練習は全く別にしました。

 

これまで、ソフト部の顧問をしていた先生に、2.3年生を任せて、新1年生は、全く別で練習をすることになりました。

 

このことからも、先生がどれだけ真剣に全国制覇を考えていたのかもわかります。

 

 

そんな感じで、4月5月6月7月ぐらいまで練習して来ました。

 

かなり本格的に練習していたと思います。

 

ちょうど近くの中学校に全国制覇したチームがあったので、みんなで練習を見学させてもったこともあります。

 

そして、夏休みも一年生だけで、合宿並みの練習をこなして来ました。

 

みんなで、先生の家に行って、ビデオをみて勉強したことをありました。

 

先生がソフトボール部をやめる!?

 

そんな日々を送っていたある日、面白くないと思った先輩が、親に内容を話し、先生と保護者の間で話し合いが行われ、なんと、その先生は、ソフトボール部をやめることになったのです!!笑笑笑

 

本当にびっくりな出来事でした。

 

ちょうどその頃に、新しいユニホームのデザインをみんなで考えていたところでした。笑

 

人生何が起きるのか本当にわかりません。

 

だけど、私たちもちょうど、4月〜7月8月ときて、きっと、練習が疲れて来てたのもあると思います。

 

実は、その直後は、そんなにショックって感じでもなかったんですよね。

 

そして、私たちの練習は、普通に、先輩たちと練習するようになって行ったのです。

 

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都築加奈恵(つづき かなえ)1983年大阪府生まれ。 カメラマン 元実業団のソフトボール選手。 主婦、OL、女性起業家、、など 「全ての女性をシンデレラストーリーに導くカメラマン」として、 プロフィール写真やヌード撮影、七五三撮影・セミナー・イベント撮影などポートレート中心の撮影を行う。
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