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高校2年生〜新チームではキャップテンになるも大ブーイング。

 
  2018/08/11
 
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カメラマン つぅ
都築加奈恵(つづき かなえ)1983年大阪府生まれ。 カメラマン 元実業団のソフトボール選手。 主婦、OL、女性起業家、、など 「全ての女性をシンデレラストーリーに導くカメラマン」として、 プロフィール写真やヌード撮影、七五三撮影・セミナー・イベント撮影などポートレート中心の撮影を行う。
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どうも〜〜。

カメラマンのつぅ(@tsuu61)です。

 

長いなが〜い自己紹介記事。

 

前回までの記事を読んでいない方はこちらから読んでみてください!

 

幼少期のころから中学生(前半)までの人生。

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中学校(後半)〜京都の強豪校に進むまでの一番イケテナイ人生はこちら

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いよいよ高校に入学して本格的な練習が始まる人生はこちら

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初めてのインターハイから、新チームへ

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怒られてもやりたいことはやり通す

 

私って本当に、絶対に「自分がやりたい!」と思ったことはやりたい人間。

 

たとえ、それが絶対に怒られる・失敗するとわかっていても。笑

 

それって今も変わってなくて、90%失敗するとわかっていても残りの10%に期待してやってしまう。

 

人が常識的に思っていることに対しての反発心みたいなものが、なぜか心の中にずっとある。

 

そんな私ですが、高校2年生の時期は本当にいい経験をたくさんさせてもらった。

 

数々の実績 インターハイ準優勝 アジア大会準優勝など

 

  • 春の選抜大会出場
  • 夏の岐阜インターハイ準優勝
  • 富山国体ベスト8
  • 日本代表としてアジア大会準優勝

 

思い返せば、大会前には数々のドラマがあった。

 

春の選抜大会

 

春の選抜大会は東京の江戸川球場で、砂吹雪がめちゃくちゃすごかった。

 

前の試合が中断ばかりで午後からの試合予定が、結局試合開始が17時ごろ。

 

ナイター照明の中、試合をした。

 

慣れないナイターに、まだまだ砂吹雪がすごくて鼻の穴が真っ黒になりながらの試合。

 

結果、試合に負け。

 

とにかく大変だった記憶しかない。笑

 

試合は負けたが、私たちは選抜に出場すると「ディズニーランド」に連れっててもらえるという約束があった。笑

 

私はそれまで一回も行ったことがなかったので、本当に楽しみでちょっとの時間だったけどすごく楽しかった。

 

「東京ってすごいな〜」と大阪との違いみたいなのをめちゃくちゃ感じていた。

 

お土産はドナルドの小さいゴミ箱を買って喜ぶ。笑

 

夏の岐阜インターハイ

 

三年生夏の最後の大会。

 

私は2年生でしたがチームのリーダーとして、キャプテン・副キャプテンと一緒に行動していっぱい相談して悩んでいた。

 

うちの高校は、テクニックよりも人間性を重視していたこともあり、いつも「人として」みたいなところをすごく問われていた。

 

でも、なかなか先生と同じレベルで考えられるわけもなく、ただただ怒られる毎日。

 

先生と同じ目線でみれるようになりたいと日々頭をフル回転させていた。

 

でも、それよりももっと3年生だけで集まって私たちが知らないところで何回も何回もミーティングをしてたように思う。

 

毎日があっという間にすぎていった。

 

チームの問題が山積みの中始まったインターハイ。

 

一回戦からかなり苦戦していて私は試合中に空を見上げて

 

「あーまた一回戦で負けるんやー」

 

と思った。

 

その直後に、ベンチの監督から「都築!!どこ見とんねん!!」って怒られたこともはっきり覚えいる。笑

 

そして、この試合ではとっても不思議な体験をした。

 

試合の終盤1点差で負けてる場面で、2アウトランナー2塁で私に打席が回って来た。

 

4番がキャプテンの先輩で5番が私。

 

4番の先輩がピッチャーゴロで倒れてからの私の打席。

 

正直、キャプテンが打てなかったから

 

「もうあかんやん」

 

とがっかり落胆していた。

 

だけど、この打席で不思議な体験をする。

 

インターハイって応援がものすごくて、周りの指示の声って聞こえにくい。

 

そんな中、ピッチャーが投げたボールがすごくスローモーションに見えて、同時に監督からの

 

「ひじ張れ!」

 

って声だけがはっきり聞こた。

 

そのボールを打ってセンター前ヒットになり同点に追いつく。

 

あれがZONEに入った時の感覚なんだろうなって今でも鮮明に覚えている。

 

結果、チームは波に乗って勝つことができた。

 

その後も毎回ヒーローが変わり勝ち続ける

 

一回戦を突破して、2回戦3回戦と勝ち進み、準決勝、決勝、と来ることができた。

 

誰か一人飛び抜けた選手がいるわけじゃなく、毎回の試合ごとにヒーローが変わり本当にチーム全員が活躍した大会だった。

 

どのチームよりも長く試合をすることができたので、本当にいい経験だった。

 

富山国体 ベスト8

 

はじめての国体。

 

いつもは敵同士の人たちと仲間になって戦うって、とても新鮮な気持ちで楽しかった。

 

何回も合同練習して自分のチームのやり方と、他のチームのやり方が違うこともすごく新鮮だったし、お祭り見たいでワクワクしていた。

 

いつもは目の前のことでいっぱいで「ソフトボールを楽しむ」ということを考えたこともなかったけど、

 

こういういつもとは違う環境になると、「ソフトボールって楽しいな〜」と実感することができた。

 

責任感みたいなものがなければ、楽しく好きなようにできるから、やっぱりそういう時は「ソフトボールが好き」なんだと思う。

 

監督もいつもと違って若干優しかったし。笑

 

優勝狙っていたが惜しくもベスト8。

 

2年生のころから国体を体験させてもらって本当にいい思い出。

 

アジア大会 準優勝

 

インターハイ準優勝した結果アジア大会にいけることになり、インドまで試合をしに行くことになった。

 

何より衝撃だったのが、インドという国の雰囲気や日本の常識との違い。

 

日本では体験できないことをめっちゃ体験した。

 

オープニングセレモニー8時間まち。

 

一向に進む気配がない。

 

道路もガタガタ。

 

バスが止まっていると物乞いの人たちが寄って来る。

 

トイレの前に人がいて怖い。

 

基本は手でふく文化だから、紙が置いてない。

 

昼間からお風呂に入ってるし、そこいらでお祈りをしている。

 

現地のインドカレーはめっちゃまずかった。笑

 

料理はナンもグリーンカレーも全然口に合わなくて、部屋で日本から持ち込んだカップラーメン食べてた。

 

体調管理が本当に大変。

 

約10日間の長旅。

 

絶対二度と行きたくない国。笑

 

肝心の試合は台湾に負けて準優勝。

 

本当は勝てそうな相手だっただけに本当に悔しかった。

 

あと、私の一個下の後輩がベストナインに選ばれて本当に悔しかった。←のちの北京オリンピックで金メダル獲得する後輩。

 

「そんなに活躍したか!?」って思っていたしいまだに謎。笑←ひつこい。笑

 

「なんで私じゃないねん!(*`д´*)」

 

当時から負けず嫌い。

 

本当にたくさんの経験をさせてもらった2年生の時期

 

いっぱいもめたし、いっぱい喧嘩もしたし、いっぱい怒られたし、本当に大変な時期だったけど今思い返してもいい思い出しかない。

 

大変だったからこそ、いっぱい学べたし成長できた。

 

先輩や監督たちには感謝しかない。

 

そして、いよいよ、3年生も引退し私の代になる。

 

またまたここから、大変な1年のスタート。

 

何回

 

「死にたい・・・」

 

って思ったことか。

 

私たちの新チームが始まる

 

高校三年生になって、新チームがはじまる時に、監督から「今年は「都築でいく」(キャプテン)ってミーティングで発表される。

 

それまでも、チームのリーダーとして動いていた。

 

だけど、先輩がいたから甘えてる部分がたくさんあったし、キャプテンになった当初は本当に大変だった。

 

なぜなら、ここまで色々書いてきたように散々自分勝手に自由にやっていたから。

 

同級生も色々と我慢してたんでしょうね。

 

キャプテンになった時に、同級生から

 

「都築がキャプテンなんてついていけない」

 

と言われた。

 

それぐらい私は、ソフトボールのプレイ面では結果を出していたかもしれないが私生活の面では最悪だった。

 

「人としてついていけない」って思われいたんだと思う。

 

今考えても正論。

 

本当に好き勝手にやっていたので。

 

私自身も、初めはすごく甘えた考えがあって、

 

  • 人の上に立ちたくない
  • キャプテンなんて嫌〜〜
  • 好きなようにやっていたい
  • 人の面倒みるなんてめんどくさい
  • 自分のプレーだけに集中したい

 

そんな風に強く思っていました。

 

人としての基本が個人プレー

 

自分がキャプテンなのに、色々面倒なことはやりたくなくて、副キャプテンにほとんど任せていた。

 

そんなことしていたら、結構おとなしめの優しい副キャプテンに、

 

「都築がキャプテンやねんからちゃんとしてや!(゙ `-´)/」

 

とめちゃくちゃ怒られました。

 

初めて、人から真剣に怒られて、ハッとして「ちゃんとせな!!!」って気合いが入ったのです。

 

そこから、今までの思考も行動も全て捨てて、私は変わりました。

 

心の底から

 

「誰にも何も言わせない!!!」

 

と決めたのでチームに関わるすべてのことを把握し、徹底的にリーダーシップを発揮するようにした。

 

全部の指示を出すし、動きまくり。

 

全て先回りして徹底して行動するようにしたら、だんだんみんなが認めてくれるようになった。

 

自分で意識してチームの為に動いて、ちょうどいい感じだったみたい。

 

それまでの自分がなんにもやらな過ぎたのが大きかったと思うが。

 

でも、そうやって徹底的に動いたら結局は自分も楽だし楽しくできた。

 

この経験があったので、今でも自信になっている。

 

赤学年は魔の学年

 

私の学年はソフトボール部が始まって、29代目。

 

高校って学年で、色分けされてませんでしたか?

 

私は「赤」の学年だったんです。

 

スリッパとか、名札とか、体操ジャージとか赤だったんですね。

 

ソフトボール部29年続いていて赤学は、

 

「インターハイに出場出来ない」

 

というジンクスがあった。

 

青と緑はインターハイに行ってるんですけど赤だけなぜか負ける。

 

そんな風に言われていた中、春の選抜大会を迎えた。

 

京都府では優勝したが、京都と滋賀の優勝校が対戦して勝ったチームが選抜大会に行く年だった。

 

京滋大会があってそれに負けた。

 

結果、他の先生方や周りから

 

「やっぱり、赤はアカン!!」

 

と散々言われた。

 

昨年、インターハイで準優勝してるだけに、自分としてはかなりプレッシャーだった。

 

なんとかしたいという気持ちと、「やっぱり赤はだめなのかな〜」と弱気になる自分がいた。

 

人間性をとことん詰められる

 

監督には人間性のことをとにかく詰められました。

 

キャプテンの在り方を監督から徹底的にしごかれた。

しかし、

 

  • わからない
  • 出来ない
  • 選手からの人望もない

 

という状況で、本当にどうしたらいいのかわからなくて、「死にたい・・・」って毎日思っていた。

 

私は自分の力でなんとかなることは頑張れるんだけど、人が関わることは本当に難しくて大嫌い。

 

自分のプレイ面で怒られるなら、自分が頑張ればいいんだけど、人を引っ張るとか人を動かすっていうことが本当にわからなくて嫌だった。

 

それが出来ない自分はめちゃくちゃ性格悪いやつだと思っていたので、本当に死にたかった。

 

そんな感じで日々精神的にも追い込まれ、不安をかかえたまま、夏のインターハイ出場に向けて頑張っていた。

 

インターハイ前に大怪我!試合で出られない!?

 

インターハイ予選直前の練習試合で、大けがをした。

 

怪我をした翌日に病院に行ったところ、左ひざの靭帯損傷。

 

病院で担当の先生から「インターハイ予選には間に合いません」と言われた。

 

その瞬間、

 

「何のために三年間頑張ってきたんや・・・」

 

泣き崩れた。

 

本当に絶望の淵に立たされた・・・

 

一緒に練習を休んで付いてきてくれた同級生もいたが、ほんとうに涙が止まらなかった。

 

長くなったので、次の記事に続きます・・・

 

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